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寛政年 |
1797 |
1 |
3月17日、尾張藩(おわりはん:いまの名古屋)に生まれたといわれる |
文化11 |
1814 |
18 |
家をでてほうろうの生活がはじまる |
文政6 |
1823 |
27 |
近江(おうみ:いまの滋賀県)伊吹山松尾寺で提宗(ていそう)おしょうに学問を学ぶ |
天保元 |
1830 |
34 |
ふたたび提宗和尚をたずね、世の中のためになることをしなさいとはげまされる |
天保2 |
1831 |
35 |
信州(しんしゅう:いまの長野県)上田および小諸ではじめてしどうを行う |
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上田を去り江戸(えど:いまの東京都)に向かい、その後に安房(あわ:いまの千葉県)にくる |
天保6 |
1835 |
39 |
名主(なぬし)遠藤伊兵衛(いへえ)がゆうがくを長部村(ながぺむら:いまの干潟町)によぶ |
天保9 |
1838 |
42 |
長部村に先祖株組合をつくる |
天保12 |
1841 |
45 |
長部村で田んぼをなおし、せいりを行う |
天保13 |
1842 |
46 |
遠藤伊兵衛らが幽学に住まいをつくってあげる |
嘉永元 |
1848 |
52 |
領主(りょうしゅ)からよい村としてひょうしょうされる |
嘉永3 |
1850 |
54 |
ゆうがくのおしえをうけるばしょ改心楼(かいしんろう)ができる |
嘉永5 |
1852 |
56 |
ばくふの手先が改心楼におしいる事件がおこり、これをきっかけに幽学のさいばんがはじまる |
安政4 |
1857 |
61 |
はんけつがでる、ゆうがくは100日間のきんしんを言いわたされる |
安政5 |
1858 |
62 |
3月8日、長部村のお墓で自殺をする |
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